南米 |
ブラジル |
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1月29日 通算916km 昨夜はHPの更新の後に食事を摂り、ホテルに置かせてもらった荷物を受け取りに行きました。タクシーを呼んでもらい、そのままバス停まで。15分前に着き待っていると、「Oi!(やぁ!)」と言ってダヌービアが来ました。サプライズです!!わざわざ見送りに来てくれました。こうゆう時に見送りにきてもらえると嬉しいものです。日本を旅立つ時も、先輩たちが空港まで送って下さり、見送りまでしてもらったことを思い出しました。普段から大抵のことは自分一人でやってしまうことが多いので、一人での時間の過し方にも慣れていますが、こうしてもらえる事は本当に嬉しいです。僕の心に残ります。 再び長距離バスでの移動でしたが、今回は座席が後輪の上ということもあってちょっとしんどかったです・・・。無事サンパウロのターミナルに到着し、すぐに空港シャトルバスに乗り換えて空港に到着。ここからが長いのです。9時過ぎに到着し、飛行機のフライトは17時45分、8時間半の待機です。自転車やカバンの数が多くとても市内観光など出来ないので止む無く空港待機。昨日ネット屋で確認したボリビアの社会情勢や渡航に関する情報を読み直したり、日記を書いたり、友達へのポストカードを書いたりして時間を費やしています。今ようやくネットを繋ぐことが出来たのでHPを更新します。 あと、4時間待ちです。頑張ります!! |
1月28日 通算916km 今朝は8時半に起きて、荷物の箱詰めをしました。そして急いで朝食を摂り、チェックアウト。走ってダヌービアの家まで行きました。待ち合わせ時間に少し遅れていて、バスの時間もあるので急いで行ったのに、みんなのんびりとしていました。理由はお父さんが車で連れて行ってくれるからだそうです。汗だくになった僕は惨めです。待ち合わせの時間や場所の変更などで連絡が取れないのはとても不便ですね。 サンジョアンの町に着くと教えてくれました。今朝ダヌービアの同級生が亡くなった、と。2ヶ月になる双子のこどもを残して・・・。町は悲しみに包まれているように感じられました。みんなで葬式に行くことになりましたが、僕は知らない人なので遠慮をして一人伯母のマリアの家で待ちました。 帰りもお父さんに送ってもらい無事到着。プリンを作るそうで楽しみなんですが・・・。そろそろ出ないといけない時間になってきたので、「そろそろ行くよ!」と言うと、お父さんが「まだ早いだろう」と。でも「HPの更新もしないといけないので・・・」などと話しているうちに、また時間が過ぎていきました。キリが無いので「行きます!ありがとう!」と。お父さんとは固い握手、お母さんの目には涙、ここで僕も我慢していましたが涙、ダヌービアとはハグをして別れました。帰りは見えなくなるまで僕を見送ってくれていました。こんなにもいい人たちと出逢うことが出来て感謝しています。この先もこんな感動が待っているのでしょうか・・・。期待に胸を膨らませ、次の国ボリビアへと向かいます。 またネット環境が分からなくなりますので、次の更新はいつになるのか不明です。 |
1月27日 通算916km やっぱり二日酔いです。ビール以外にウォッカとピンガーを飲まされてしまったからでしょう・・・。下っていたお腹も昨日の昼には治まっていたのですが、飲みすぎたせいで再発です。病み上がりの暴飲がタタリました。 という訳で午前中は、ホテルでのんびりと荷物の確認なんかをしていました。 話は変わりますが、今使っているボールペンは“PILOT”で、もうすぐインクがなくなりそうなので同じようなものを買いに行きました。日本では¥100くらいでしょう。こちらでは、同じPILOTでデザインが少し古いもので¥150します。外資ものや輸入物はかなり高くなっています。以前、SONYのデジカメを見たのですが、これもまた型は古くサイズも大きくて¥80000でした。しかもMade in Chinaです。日本では日本製で¥2〜40000でしょう。ブラジル人は僕のカメラを見ると、あまりにも小さいので10万円以上すると思っているみたいです。だからカメラを出すのも氣が引ける時があります。写真が少ない時はそんな時だと思って下さい。なかなか日本でのようには行きません。いつも心のどこかで警戒心も持っています。なるべく、お金を持っていない様な雰囲氣を出す様に心掛けています。それでも狙われる日本人・・・。 昼から、明日の予定の確認をしにダヌービアの家に行きました。そして、忘れていた予備のタイヤを受け取り帰ってきました。2時にジャルバスが迎えにくる筈なんですが・・・。全然くる氣配もないので、お昼寝をして待つことに・・・。結局、夕方になっても来ないので、今からネット屋に向かいます。 今到着して更新です。この後は友達の働くピッツェリアへ行ってきます! |
1月26日 通算916km 自転車のブレーキが直りました。「ついでにブレーキワイヤーも交換したから」と言われ、頼んでもいないし、問題無かったと思うのですが・・・。まぁ、値段を聞いて氣にはなりませんでした。全部で¥150くらいですから。安いです、ホントに。日本なら部品だけでも¥200はしそうなものですから。そして、梱包用のダンボールもタダで分けてもらえました。後は分解をして、出来るだけコンパクトにしなければなりません。飛行機に乗せるのに許容範囲があるのです。本来この自転車は俗に云う“婦人車”ですから、コンパクトにするにも限界がありますから・・・。まぁ、日本から持ってきた時と同じサイズにしか出来ないのですが、もらった箱が少し小さいのでどうなることか心配です。 続きはまた載せます。 |
1月25日 通算916km 昨日は夜から寝られませんでした。というよりも、寝させてもらえなかったと言うべきでしょうか・・・。お父さんは毎日、昼12時前に出勤で帰りは夕方6時。弟のカルロスは春休みで夜更かし、この家のライフサイクルは遅寝遅起きです。日本では僕もこんな感じでしたが、旅をしている時は早寝早起きをしています。どうも感覚がずれてくるので、今日からはホテル住まいにします。まぁ、それなりに氣を使ったりしていましたし・・・。旅の資金の節約にもなるので本当に助かりましたが、やっぱり一人の方が氣楽です。マイペースの僕には集団での生活は難しいのかも・・・。というか、言葉の壁があり、思いの全てが伝わらないことが一番大きいのでしょう。 朝7時前に起きると、やっぱりまだみんな寝ていました。静かに荷物を纏めて手紙を書き残し、家を出ました。ホテルは近いのですぐに着き、オーナーとも久し振りの対面です。彼も僕の事を覚えていてくれ嬉しかったです。やっぱり自転車のインパクトは強いようですね。早速、朝食を頂き、シャワーを浴び氣分爽快です! すぐに自転車の梱包用のダンボールを探しに出掛けました。近くの自転車屋には小さいサイズしか置いてなく、他のお店も探しましたが見つかりませんでした。結局、始めに行ったお店で話を付けました。後、やっぱりブレーキに不具合を感じるので、見てもらったら、部品の一部が壊れていました。これも初めからなのかよく分かりませんが、摂り合えず原因が解って直ればいいことなので、交換をお願いしました。 その後はポストカードを探しに行きましたが、たらい回しです。始めに聞いた人は「郵便局に行けばある」、と言われたので行ってみると「ここには売っていないから、教会の前の店(キヨスクみたいな)に行けばある」と言われ、そこでは「ここパトロシーニョはオリジナルのポストカードは作っていない」などと言われました。そこで、デジカメで撮った写真をポストカードにすればいい、と思いつきカメラ屋に言って相談したら、出来ると言われて、出来上がったのが普通の写真でした。“ポストカード”と言ったのに・・・。再度確認してみると、それはここでは出来ないと言われました。やはり日本は便利です・・・。 |
1月24日 通算916km 朝からブレーキの修理をしましたが、1時間かけて直しました。預かってもらっただけでも助かったのですが、結構雑な状態でした。サドルは革で出来ているのですが、何か被せてあったのか少しカビでいたり、パンクしていたり、蜘蛛の巣がたくさん付いていたりと・・・。まぁ、しょうがない事ですけどね。売られなかっただけ良かったです。日本人とブラジル人の感覚の差でしょうから。 昼に大雨が降ってきました。通り雨のようで30分もしたら止んでくれました。その後は農園へ向かいました。ここでは、まだ緑色をした豆を見ることが出来嬉しかったです。後半年もしたら、あの赤や黄色の豆になり収穫されていくんだなぁ、と。楽しみです。そして、驚いたのが、4mはあろうかという大きな珈琲の木です。知ってはいましたが、間近でみると結構感動します。収穫機もそれなりのもので、以前に見たものよりも遥かに大きかったですね。 そして、クレーター(月の表面に出来た窪み)のような所へも連れて行ってもらいましたが、ここは圧巻です。中心部には大きな池のようなものがあり、その周りには珈琲農園があり、回りを180゚見渡しても緑が覆っていて、目に映るものは緑と空だけ・・・。最高でした!!日本にもこんな場所があると聞いたことがあります。何十年、何百年前の火山の後に出来た緑だけの場所。ここは人の手が加わっていますが、手付かづの自然のままの場所には心惹かれます。そして、今日は空も綺麗でした。雲の隙間から太陽の光が差し込んでいて、これもまた幻想的でした。大雨の後で空氣も澄んでいて氣持ちのいい時間を過し、リラックスも出来ました。やっぱり、ブラジル最高!パトロシーニョ万歳!! |
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1月23日 通算916km 今朝も自転車トラブルです。後輪のブレーキが上手く利きません。今日は待ち合わせがあったので急いで家を出ないといけないので、諦めて歩いて行くことにしました。というより、走って行きました。少し遅れましたが間に合い、“Araxa(アラシャ)”という街まで出掛けました。道中、珈琲農園にも行けたし、この地ミナスで一番大きなリゾートホテルの見学にも連れて行ってもらいました。 同行したブラジル人が珈琲関係のマガジン編集をしているそうで、僕に興味を持ってくれたらしく、彼のHPに紹介していきたいと言ってくれました。早速メールアドレスの交換をし、これから写真なども送っていく事になりました。以前にも新聞に載せたいと言ってくれた人がいましたが、どうなったのか・・・。まぁ、今回も載せてもらっても僕にも皆さんにも読めないポルトガル語なので、あまり氣にはしていませんが・・・。摂り合えず掲載されたことを確認出来たら、サイトのアドレスを載せますので覗いてみて下さい。 |
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1月22日 通算916km 朝起きてすぐに、お母さんが荷物を出してきてくれました。自転車も使うだろ?とお父さんが出してくれたのですが、パンクしていました。「乗ってはいないが、パンクしている」と言われましたが、別に氣にはしていないので「大丈夫、問題無い」と言って調べたところ、画鋲が刺さっていました。「近くだから、自転車屋に持って行こう」と言われましたが、ここは自力で直せる程度だったので修理をしました。久々のパンク修理(海外では初)でしたが、問題無くすぐに終わりホッとしました。 昼からはダヌービアが自動車学校に通っているそうなので、その近くのネッ |
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ト屋まで一緒に出掛けました。ネット屋では自分のパソコンを使いたいのですが、詳しいスタッフが昼食に出掛けていて再び訪れることとなりました。現地のパソコンではほとんどが日本語に対応していないので極力自分のノートパソコンを使います。なんとか繋ぎ、HPの更新も出来ました。便利で安くしかも早いのでこれ程ありがたい通信はありませんね。1時間¥80くらいですよ!ポストカードですら¥100くらいで2週間程かかりますからね。 夜はルーカス(HPの確か8月頃に登場するイケメンです)と約束をし、ビールを飲みに行きました。他に2人の友達と共に1時間程楽しみました。お土産も喜んでもらい、食事代はご馳走になってしまいました。 |
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1月21日 通算916km 早朝6時半にパトロシーニョに到着しました。歩いて30分、ようやくダヌービアの家に到着し、ベルを鳴らすとお母さんが出てきました。その後にお父さんと会いガッチリと握手。ダヌービアとカルロスはまだ寝ています。お父さんは毎週日曜の朝は草サッカーに出掛けます。カルロスが起きてきて、続いてダヌービアも起きてきて久し振りの再会を喜びました。お父さんがサッカーから帰ってくると、お祖母さんの家に行くから一緒に行こうと誘われました。最近、体調を崩して手術を受けたばかりだそうで、お見舞いに行くことになりました。会ってみるとやはり少し元氣がなさそうです。病人の雰囲氣が漂っていました。80歳だそうで体力も落ちてきているみたいでした。3ヶ月程前はピンピンとしていたのに・・・。 昼からはテレビのサッカー観戦です。朝が早過ぎた為、何度もウトウトとしていました。今日は晴れたり雨が降ったりと大忙しです。ダヌービアは外出中で友達のマリアとお母さんと僕の3人しか家にいませんでした。そんな時、一人の男性が訪ねて来ました。なんだか虚ろです。マリアに家まで付いてきて欲しいと言っているようです。結局行くことになり、僕にも付いてきて欲しいとマリアに頼まれ門を出るとちょうどお父さんが帰って来ました。どうしたんだ?ということになり、付いていくな!となりました。話をよく聞いてみると、その男は酔っ払っていて、突然家を訪ねてきて一人では帰れないから付き添って欲しいという事だったようです。それで、マリアもよく付いていこうとしたものですね。というのは日本人の考え方でしょうか?結局その男は一人で帰って行き、行き交う人にまた頼んでいました。 夜はいつもの様にビリヤードへ・・・。またまた全敗でした。 |
1月20日 通算916km 早起きをすると一日を楽しく過せます。日本にいる時はいつも夜更かしをしては、遅く起き、早く起きなければいけない時は一日がしんどいです。“早起きは三文の徳”とはよく言ったものです。 今朝も早起きをし、出発の準備に余裕がありました。文協に挨拶へ行き、すぐにサンパウロの中心地に向かいました。そして日本人街のリベルダージに到着しました。次の国はペルーに行くつもりなので、旅行会社を探しに行ったのですが、全てが土曜日は昼の12時まででした。僕が到着したのは12時15分だったので受け付けてもらえません。ブラジルもそうゆうところはシビアみたいです。休みは一番大切なことのようです。 そのままペンソン荒木へ行きお土産を渡し、少しお話をしてから、新しく(中古ですが)別館が出来たそうで覗かせてもらいました。そこでは旅人同士が談話をしたり、情報を書き残したノートがあったり、NHK番組が放送されていたりと、日本人旅行者の寺小屋的存在になっています。 その後は空港へ行き、再び航空会社への問い合わせです。ペルーに行くにはボリビア航空が一番安く、一度ボリビアで乗り換えをします。当初、ボリビアに行く予定は無かったのですが、一度入国をして滞在(オープンジョー)もできるそうなので、折角なので1週間ボリビアで滞在することします。90日間の観光ならばビザはいらないということなので助かりました。後、予備知識として、ボリビアからブラジルへ入国する際には、黄熱病の予防接種証明書(イエローカード)が必要になります。これも僕は接種済みなので問題ありません。“念には念を”ですね。 そして、パトロシーニョへ向かう為、バス停へ。また夜行バスでの旅になります。最近はバス移動が多く、座りっぱなしなのでお尻が痛いです。 |
1月19日 通算916km 今朝も早起きをして、早速洗濯をしました。一人旅とは自己発見の旅でもあると同時に社会でのあり方なども再発見出来ると思っています。洗濯くらいの事でそんな大そうな事を語ってしまうのも何ですが・・・。 今日は街をブラブラとしてみようと、外に出てセントロを一回り。初めて行った市場で買い物をし、大型の家具屋に行き見ていると、店員さんに話し掛けられました。彼は豊田市に4年程住んでいたことがあるらしく、なかなか上手に日本語を話していました。またブラブラと散策していると、以前訪れた事のある池に辿り着きました。今は雨季なので、やっぱり濁っていました。暇な方は7月後半の写真と見比べてみて下さい。その先に行くと柔術の道場を見付けたので、早速覗いて見ました。丁度、トレーニングの終わりで、また夕方に来い!とのことでした。 そして、今はホームページの更新をしています。続きはまた書き込みますので・・・。 今、ホテルに戻り続きを書きます。 その後、再びヨシノリさんの家へ。明日サンパウロに戻る為、挨拶をしておこうと思いまして。弟のタケシ君がいたので、柔術の事を聞いたら、そこは良くないと言って別の道場を教えてもらいました。そこは、昔タケシ君が柔道を |
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習っていた所らしく、柔術も強くて有名らしいのです。早速行ってみると、タイミング良く今から始まるところでした。見学をさせてほしいと頼むと快く承諾してもらったのですが・・・、ここでもやっぱり、一緒にトレーニングをしようと言われました。またまた、飛び入り参加です。やってみるとこれが楽しいの何の。1時間半くらいでしょうか、みっちりと教えて頂きました。今日は朝から殆どポルトガル語での会話で勉強にもなりましたし、ここでも同じ格闘技好きとあって話も弾みました。合氣道を習っていて本当に良かった!! そしてまた、ヨシノリさんの家に寄り、お礼の挨拶とヤキソバを買って帰りました。今日は充実した一日となりました。歩き回り、激しく運動もしたので良く眠れそうです。 |
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1月18日 通算916km 目覚めると朝の5時、昨日は日記を途中まで書き、そのまま寝てしまっていました。窓も開けっ放しで寝ていたので少し寒氣が・・・。風邪を引くパターンです。寝不足で疲れが溜まっている時に寒い所にいる。大方、風邪を引いてしまいます。 朝食後すぐに傘を買いに出掛けました。そうなんです、今は雨季で昨夜からずっと雨が降り続けていました。折畳み傘が約¥900。結構高いけど、摂り合えず必需品なので渋々購入しました。その後すぐに文協へ挨拶に行きました。みなさん変わりなく元氣でいました。 そのまま次はヨシノリさんの家へ。しかし彼はまだ日本にいるので逢えないことは分かっていました。辿り着き、チャイムを鳴らすとヴァネッサが出迎えてくれました。みんなと挨拶をして雑談後は昼食までご馳走になり、そのままヴァネッサの遊び相手になりましたが、今朝が早過ぎる起床だったので眠たくてしょうがなかったのですが、ヴァネッサがなかなか帰してくれません。氣が付くともう夜の9時。さすがに限界がきて帰ることにしました。夕食はピザです。しかしこれがまた、胃にもたれそうなくらいのチーズでした。 |
1月17日 通算916km 飛行機の長旅が終わり、やっとのことで再びブラジルの地へ戻ってきました。空港に着いてから早速、次の目的地の候補である“ペルー”か“コロンビア”へのルート検索をしました。どちらの国も自転車で向かうのには距離や環境などからしても無理があるので、バスか飛行機などを使うしかありません。まずはペルーを調べようと、ツーリストインフォメーションへ行きました。ここは以前、初めてブラジルを訪れた時に一番初めに向かった所です。サンパウロの知識が全く無い僕にとってはここしか頼る所が無かったのです。今日もここの親切なスタッフにいろいろと訪ねました。ペルーへはバスが出ていないとのこと。ボリビアにすら出ていないそうなのでしょうがないです・・・。飛行機で渡るしかありません。3つの航空会社が就航しているそうなので、確認をする為に空港内の事務所を探しに出ました。しかし、見つからず空港内をグルグルと周りました。いろんな所で聞いても言われることは曖昧でなかなか見つかりません。4往復しても見つからず、再びインフォメーションへ行き詳細を聞き、やっとの思いで辿り着きました。3つ全ての航空会社の確認が取れ、そのままコロンビアへの航空会社も探しに行ったのですが、今日はお休みでした。言われた所に行っても、その場その場によって言われることが違って、なかなか統一されていないものでした。やはり日本のシステムというのは素晴らしいなぁ、と比べてしまいました。 その後、日本人街の“リベルダージ”か、思い出の地“アチバイア”のどちらを先に行こうか食事をしながら考えました。氣が付くともう4時、今からアチバイアへ向かっても到着は6時になってしまう。と思いながらも、やはりアチバイアへ最初に行こう!と。 到着してすぐに“ホテル・パノラマ”へ。中へ入ると誰も居なく、少し待つと奥の方から以前お世話になった人が出てきて感動の体面、と思ったのは僕だけ・・・。向こうは覚えていない様子で、ポルトガル語でマシンガンの様にひたすら話し掛けてきました。躊躇している僕に、おばさんは「今日、寝るの?」と聞いてきて、「はい。」と答えると奥の事務所に連れていかれ、「名前は?」と聞かれ、「アキラ」と言うと少し考え、「あなたは確か以前に・・・。」すかさず「自転車」と言うと、「あーっ!」やっと思い出してくれました。やっぱり自転車のインパクトは強いですね。旅を振り返ると、“自転車で旅をするポルトガル語の話せない日本人”という事でどれだけ助けて頂いたことか。 部屋へ入り一番に、およそ45時間振りのシャワー。 |
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1月16日 通算916km みなさん、こんにちは!今日から旅の再スタートです。 前回の旅は、ブラジルで企業内研修が出来る、という話まで頂くことが出来ました。後は、観光ビザから留学ビザへの変更が必要である、ということでした。しかし、留学ビザの取得が思うようには行かず、再び観光ビザを取得してブラジルへ渡ることとなりました。 まだ、先の事は明確には決めていませんが、現地での情報収集によって次の目的地を決めていこうと考えています。 今回一時帰国する事によって心境の変化なども見られました。今までは、自分の人生だからといって自由奔放にやってきましたが、そろそろ落ち着かなければ・・・、などと考えさせられました。ですから、この旅を節目としてこれからはもっと密に人生設計をしていかなければなりません。その為にもこの旅を悔いの残らないものにしよう!と思っています。 また、帰国時にはまた多くの方々に歓送迎会をして頂きました。この場をお借りして、お礼を申し上げます。ありがとうございました。 これから、また長〜いフライトが待っています。日本の裏側に行くことも容易ではありません・・・。 それでは、地球一周自転車の旅、再開です! |