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お久し振りです。またまたですが、日本へ戻っていました。そもそもエアーチケットの件で戻るかどうか悩んでいたことなんですが、ファーストクラスの魅力に負けました・・・。 ということで、続きはメキシコからとなりますので、また覗いて見て下さい。 |
3月16日 通算916km 快適です!これは幾らするのだろうか?これ程までの贅沢は慣れていないせいか、擬古地無い感じがします。身分相応に反しています。周りにはベテランパイロットやスーツ姿のビジネスマン、殆ど熟年者ばかり。僕の他には一人だけジーンズにベースボールキャップ姿の男性が居ます。彼は落ち着いていて慣れた感じです。3時間半のフライトを無事に終え、サンフランシスコに到着です!ここで燃料補給や乗換えなどがあり2時間待ちになります。本当に快適な空の旅でしたから、名古屋までの道のりは長いですが楽しみです!映画も3本くらい観られそうです。何よりも食事がたのしみだなぁ!!庶民にとってはこんなこと人生に一度きりのことでしょう。例えば、結婚式でリムジンに乗せてもらうようなものでしょうね。 |
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名古屋行きに搭乗してすぐのことでした。夢は一瞬にして消え去りました・・・。どうやらダブルブッキングをしているようです。僕と同じ3J座席のチケットを持った人が乗務員にクレームをしていました。乗務員からチケットを見せるよう要求されて手渡すと、彼女はそれを持って確認をしに行きました。戻ってくると日本語を話すスタッフが来て、いきなり「お客様はエコノミーのチケットをお持ちなのでこの席には座れません。」と。何故?いやいやっ、そちらのミスでしょ!?と思うのですが、もう一人のスタッフが来て僕のチケットに3Jの上にバツ印を付け、隣に30Hと手書きで・・・。2人共凄い勢いで僕を否定しています。なんなんだぁ?ロイドの話をすると、「それはお客様とロイド側で話し合って下さい!」と言うのです。おかしな話です。僕とロイドの話し合いは解決しているのに、「ロイドから当社に支払いがされていませんので、座れません。」と言っています。それはロイドとユナイテッドの話し合いでは無いのか?更に「予約は誰でも出来ますが、お金を支払わないと座れません。」と。では何故、搭乗券を発行しているのか?お金を支払わなくても搭乗券の発行までは誰でも出来るのか?言い訳としか言いようがありません。同じチケットを持った人も自分はお金を払ったのだから早く座らせろという態度です。ここは一先ず移動して別の所で話し合いをしようと出入り口に移動し待っていると、どうやら話を聞いてくれる別のスタッフが現れました。彼女は冷静に僕の話を聞いてくれ、謝ってくれました。僕の氣持ちも落ち着こうとしていたら、またさっきのキツイ人がやってきて、「もうフライト時刻です!他のお客様に迷惑なのですぐに座席に付いて下さい!」と。この人の態度はどうしても許しがたいものです。しかし、先程の方がまた誤ってきてくれたので、僕は案内された席に着きました。そして彼女は「この件はホームページ上のクレーム蘭に書き込み下さい。」と言われました。今回の事で、なんだか人生で最も辛い侮辱を受けた氣がしました。どう考えても、ユナイテッドのブッキングミスなのに、唐突に僕の責任にするのは間違っていると思います。僕だって、初めから話しの解る人が来て「こちらのミスでダブルブッキングをしてしまい、申し訳ないが当初のエコノミーの座席に移ってもらえないか?」と説明を受ければ、理解して快く受け入れたでしょう・・・。ロイドの誠意ある行動をユナイテッドは踏みにじったようにも感じられます。企業の信頼性は全く感じられません。しかし、ここでも中島さんの言われた言葉を思い出し、心を落ち着かせることにしました。 |
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3月15日 通算916km 無事にサンパウロに到着しました。6時前です。ほとんど寝ていないので眠たいはずなのに氣が張っているからでしょうか、全然眠氣が襲ってきません。早速ユナイテッド航空のチケットブースに行って交渉しました。しかし・・・、取れていたはずの予約が取れていないと言われました。ボリビアでロイドのカウンターでは「OK!問題無い。」と言われ、心配なので他の人にも確認してもらったはずなのに!ユナイテッドの話では、「サンフランシスコまでは取れているけれども、サンフランシスコから名古屋まではファーストクラスしか空いていない。ファーストクラスに乗るには別途チャージが掛かる。」と言うのです。「僕がそれは無理だ!高くて払えない。」と言うと彼女も「そうでしょうね!」と言われてしました。人を見かけで判断していますね・・・。いくら不可抗力だったと言っても、“ユナイテッドに責任は無い”ということで話は平行線のままなので、“これではダメだ”と思い、ロイドのオフィスに行きました。すると、話がすんなりと進んで、「今は私の権限では決められないが、夕方までに上司がなんとかする」と言われ、更に続けて「疲れているでしょう?ホテルを取りますので、夕方まで休んで下さい。」と!!ブラジルにあるロイドのスタッフはチケット購入時から親切でした。ここは信じるしかないと思いホテルに行くことにしました。 言われるままにホテルの送迎バスに乗り、ホテルに到着。なんと、この旅で今までに泊まった中で最もレベルの高いホテルです!! |
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なんて氣の利いたことをしてくれるのだろうか!すぐに朝食を摂り部屋に入って就寝。起きてすぐにネットを繋げてもらい、メールのチェックとHPの更新。そして、チェックアウト。こんな優雅な時間を過ごしていいのだろうか・・・。夕方5時に空港に戻り、ロイドのオフィスへ行くと「問題無いからそのままユナイテッドのカウンターでチェックインをして!」と。言われるままに行くと、またまた不審者に思われ荷物のチェックを受けました・・・。そして搭乗券の発行です。彼は僕を見て、「サンフランシスコからはファーストクラスだよ!?」ここは引かずに、「僕は知らない、全てロイドに任せてある!」すると彼は再びロイドへ確認をしに行きました。戻ってくると、「OK!」。なんと!人生初のファーストクラスです!!ビジネスクラスでさえ乗ったこともないのに・・・。格安航空券で座席指定やチケットのキャンセルや路線変更も出来ないチケットだったのに、こんなギャップは初めてです! シカゴに着くとカウンターで更に驚くことが!「ここからサンフランシスコまでもファーストクラスです。」と。 当初の予定では、2つのプランがありました。1つ目は、サンフランシスコから名古屋までは搭乗放棄をして、メキシコに行くつもりでした。2つ目は今持っているチケットで日本に戻り、世界一周航空券を購入し直すつもりでした。せっかくなのでファーストクラスを体験してみることにしたので、再び帰ります。今までの旅で思ったことですが、航空券の問題とビザの問題が一番大きいものだと。ややこしいことが多すぎる氣がします。 ボリビアで深夜まで待ち続けている間、中島さんが言われていた「飛行機が遅れることも旅の一つの楽しみだと思って!」という言葉通りに楽しんで待った結果、こんなサプライズがやってきました。何事も最後まで諦めないことが肝心ですね。 |
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3月14日 通算916km 7時前に起きて出発の準備。朝、ホテルのオーナーに空港に電話をしてもらい、フライト時間の確認。すると案の定、フライト時刻は遅れていました。15:15発。きっと更に遅れるだろうと頭をよぎりました。最善策を考えなければいけなので、旅行会社へ行き再び相談に乗ってもらいました。ロイド・ボリビア航空は飛行機5機を所有しているそうですが、現在は1機のみで全てをまかなっているそうです。こんなことでは遅れるのも当然です。更に常にオーバーブッキングの為、早めにチェックインをしなければ乗れなくなってしまうこともよくあるそうです。この悪循環から脱することが出来るのでしょうか・・・。昨日、テレビで日本の航空会社の飛行機が胴体着陸をしたニュースを見ました。人の命を預かる仕事だけに慎重になってもらいたいものです。 今は空港に居ます。予定通り、いやっ予想通り遅れています。これくらいのことは覚悟していましたので氣になりませんが、周りの人達はイライラしています。ここには日本人は一人も居ないのでスペイン語、ポルトガル語、少しの英語が飛び交っています。ここでのコミュニケーションは勉強になります。今回はカウンターでも勉強になったことがあります。自分がイライラしていると、出てくるはずの言葉(外国語)は全く出てこなくなります。何時も冷静でいることがどれだけ大切なことか、今まで合氣道で何を習ってきたんだ?と自己反省しています。もしかしたら今日のフライトは中止になるのかも・・・。まぁ、氣長に待ちたいと思います。 みんな電話をしたいようですが、公衆電話が使えないようで携帯電話を持っ |
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ている人を探していました。僕が持っていることを知ると何人か集まって来て、「貸して!貸して!!」と大人氣です!さっきプリペイドを買ったばかりなので通話可能な状態なのでみんなが使っています。まぁ、僕はもう使わないと思うので捨てたと思ってみんなに使ってもらいました。困った時はお互い様ですね。僕も何度か助けてもらいましたので、ペイ・フォワードしました。きっとこの人達もどこかで他人に親切にしてくれるでしょう。 今、食事が配られました。そうです、機内食です。搭乗口での機内食はなかなか体験できないですよね。これには感激しています!結構、楽しんでいます。さっき目の前で貧乏ゆすりしていたブラジレイラも偶然にブラジレイラを見つけたらしく、友達になったようで楽しそうにしています。氣持ちの持ちようでこれ程までに変われるものなんですね。 現在の時刻は21時を回っています。ブラジレイラとメールアドレス交換をしたりして、楽しく会話をしています。ここで入った情報です。フライト時間の変更です!夜中の2時だそうです。此処まで来たら、根比べだと思って頑張ります!! 夜中の2時予定通りのフライトです!!疲れがドッと出てきました。 写真上:左が井上さん、右が斉藤さんです。2人には本当にお世話になりました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。写真下:搭乗口で仲良くなったブラジル人達です。 |
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3月13日 通算916km 今朝の目覚めは久し振りに良く、自然に起きることが出来ました。最近は睡眠不足が続き、これでは飛行機移動で更に疲れて体調を崩してしまう恐れがありました。ゆっくりと休めて本当に良かったです。しかし、明日のフライトの心配は無くなりません。だから半分は諦めというか、飛ばないものだと初めから思っておくことにしています。女子大生の前例があるので覚悟は出来ています。これがボリビアだ!と。ブラジルで上手く行き過ぎたのでしょうか、ボリビアでは落胆することがかなり多い氣がします。南米では一番安全な国かもしれませんが、日本人の一般常識では理解出来ないことも多いボリビア。決して悪いことばかりではないのですが、どうしてもブラジルと比べてしまう自分がいます。この先、メキシコでどうなるかが楽しみです。 |
3月12日 通算916km やっぱり飛行機は飛びませんでした。早起きもして言われた通り8時に空港のカウンターへ行ったのに、「今日は飛ばなくなった」と言われました。続けて、「チケット購入時に電話番号が入力されていなかったので、電話連絡が出来なかった」と。まずは自分の言い訳で正当化をしていました。何故ボリビア人は自分の非を認めないのだろうか・・・。出逢ってきた日本人の大半がそう言います。これがここの文化・風習なのか?理解出来ません。サンパウロからサンフランシスコまでのFIXチケット(日程変更が出来ない)を持っていたので、そのままサンパウロでトランジットをする予定だったのに・・・。そのことを伝えると、「14日に飛行機は飛ぶから、サンパウロでは別の飛行機に乗ればよい」と。「この手続きで大丈夫か?」と聞くと、「問題無い!」と言われ、心配だったので「サインをして欲しい」と言うと「サインの必要は無い。これが証明書だ!」と断られてしまいました。恐らく95%証明書では無いと思いました。この航空会社は危険です。 斉藤さんもわざわざ見送りに来てくれたのに、こんな結果になってしまって申し訳無いです。 この先は直接メキシコまで行った方がいいのか迷っています。明日中には決定します。 |
3月11日 通算916km 今日はボリビア出発前日ということでパウロさん一家とロドリゴ(合氣道仲間)とパウロさんの甥っ子と昼食を摂りにイタリアン・レストランへ。僕はラザニアを食べ、一つ思い出しました。ブラジルでダヌービアの伯母マリアルーシアの作ってくれたのもラザニア。行く度に作ってくれて僕は感激していました。やっぱり手作りの味は忘れられませんね。愛情料理とはこのことだと思います。昼食を済ませ、映画館へ行きました。ここにはスクリーンが10あり、日本でもお馴染みのシネマセンターです。サンタクルズには一軒しか無いらしく、みんなこぞって集まってきます。でも、パウロさんの子供たちは小さい子ばかり、映画を静かに観ることは出来ないそうで、ここでゆっくりと休むだけでした・・・。ホテルまで送ってもらい、今度は井上さんの家まで行きました。斉藤さんと3人で鍋です。以前、日本のテレビで観た“キャベツの千切りを入れた鍋”。実際に作ってみよう!と張り切ってみました。うん、なかなかの味です。白菜とはまた違った美味しさと歯応えです。大成功です!!何よりも井上さんお手製のタレが効いていました。最後はお決まりの“雑炊”です。これも鶏肉・魚介類のダシがよく出ていて美味でした! |
3月10日 通算916km 昨日約束したパウロさんとのランチは中止です。子供さんの誕生日会だとか・・・。結局、明日のランチに変更です。ボリビアではこんなことは日常です。仕方なく、カフェでネットを使ってメキシコの情報収集とメールチェックです。そしてホテルに戻り、出発に向けての準備をしていました。夜は井上さん・斉藤さんが「そろそろお別れなので何か美味い物でも食べに行きましょう!」と誘ってくれ、まだ行ったことの無かった日本食レストラン“よりみち”へ行きました。ここは高い値段の割にはあまり美味しくは無いと言われていて、よく冗談で「とんだよりみちだった」と言われるそうです。カレーライスは日本のレトルトよりも味が落ちるといわれているそうです。そんなお店が何故、経営を続けられるのかとても興味があったので行ってみました。一通りメニューに目を通しましたが、ホテルの近くの“けんちゃんラーメン”よりも値段は高く設定されていました。雰囲氣は確かに良く清潔感もありいいのですが、果たして味の方はどうなのか?実際に注文をして食べてみましたが、さほど美味しい訳でもなくこの値段かぁ、という感じでした。商売の不思議を感じました。ここにはここの良さが何処かにあるはずでしょう。今回は見つけることが出来ませんでしたが・・・。しかし、時間を過すというのは不思議なもので、味に満足出来なくても、誰と過すかが自分の満足度に繋がるものだなぁ、と感じました。今夜は残り少ないボリビア生活の中で良い仲間と過す時間が有意義でした。 |
3月9日 通算916km 今夜はボリビアでの合氣道稽古最後の日。専門的な話になってしまいますが、御免なさい。「今日はどんな技を練習したい?」と聞くと、いつも通り「片手取り二教」と言われました。合氣道には“一教〜五教”、“入り身投げ”、“四方投げ”・・・などの基本の形があり、そこから更に“片手取り”、“交差取り”、“両手取り”・・・と無数に技が拡がってきます。その中で“片手取り二教”は基本的な技で、実際にもあり得うる技だと思います。最後の絞めでも間接を極めるところもあり、ボリビア人などの外国人には解り易い抑制術なのでしょう。彼らは、ボクシングや空手のような一撃必殺技を好み、どうしたら相手が倒れるか目に見えて解らないと理解しません。確かに日本人であっても、合氣道がどうやって相手を投げ飛ばしているか解らない人も多いのでしょうがないかもしれません。話を戻します。そして“片手取り二教”の稽古に入りました。僕が居る最後の稽古とあってか、みんな熱心に質問をしてきたり、僕の稽古を観ていたり、いつもとは違った雰囲氣でした。稽古半ば過ぎにパウロ先生がやってきました。最近は子供さんの体調が良くないらしく、なかなか稽古に来ることが出来ないようですが、今日は僕に逢う為にわざわざ駆けつけてくれました。そして稽古終了後、写真を撮ったり話をしたりと遅くなってしまいましたが楽しい時間を過しました。帰りはパウロ先生が食事に誘ってくれ、ロドリゴ(パウロさんが道場の中で一番信頼している人)と共にボリビア料理を食べに行きました。僕の今後の旅程などを話し、楽しい時間もあっという間に過ぎ12時を回っていました。今夜はパウロ先生にご馳走までしてもらいました。ただでさえ、僕が道場にお邪魔して稽古までさせてもらっていたのに申し訳無かったです。帰り道、「明日のランチを家族と一緒にどうか?」と誘われ、明日こそご馳走をしようと思い、約束をしてお別れしました。 共通の趣味・特技を通して親睦を深め、そしてこれからも友達として繋がっていく喜びを感じました。ボリビアでの良い思い出がまた一つ増えました! |
3月8日 通算916km 今日は久し振りにすることも無いくらいにのんびりとしていました。 昼は斉藤さん・メグミさんと食事をし、メグミさんとは最後のお別れをしました。彼女にも色々とお世話になりましたが、特に珈琲農園を紹介してもらうツテを作ってくれたのもメグミさんでした。彼女は今日の昼にボランティア勤務先に戻って行きました。 昼過ぎからはカフェで時間を過ごしていたのですが・・・。夜、斉藤さんと食事をしていて、昨日の女子大生たちが乗る飛行機の話題になりました。井上さんはサンファンに行っているし、彼女たちは頼るところもなく困っているのでは?という話になり、夜中の3時に出発予定なので、斉藤さんと二人で空港まで様子をみに行きました。案の定、飛行機のフライト時間は遅れていました。どうなっているんだ、ロイド・ボリビア航空。彼女たちは日本の旅行会社との話し合いに問題を抱えていました。話によると、安いチケットが欲しいという希望でチケットを探してもらったそうだけれども、今ロイド航空がこんな状態であることも調べずにただ手配をしたそうです。電話口での会話や対応を聞く限り、かなり無責任な会社です。個人的なHPなので会社名を挙げても問題は無いと思うので書き込みます。“ネイチャーワールド”という結構有名な会社のようです。僕も名前は聞いたこともあり、国情報などを調べている時にそこのHPに辿り着いたこともあります。困り果てた彼女たちに代わって僕が電話に出た時は紳士的な態度でしたが、どうも彼女たちは若いからといってナメられているようにも思えました。この会社も自分達の非は一切認めず、彼女たちを責めているようです。偶然、中島さんが空港に来ていました。ラパスに行くようでタイミング良く出逢うことになりました。今回の件について中島さは彼女たちにこう言われました。「これも旅の一つの思い出として、焦らず氣楽に楽しむ心も持って下さいね!」と。僕は悩んでいる彼女たちにそんな言葉を掛けてあげられる余裕はありませんでした。僕も今まで幾つかの国へ旅したことがあり、何度か問題にぶつかったことがありましたが、無事に帰ればそれも今となっては良い思い出。何も無いよりは何かハプニングがあった方が心に残ります。最終的に、その旅行会社の旅程表に誤りがあったことも立証出来たので、彼女たちはその証明書をもって日本へ帰って行きました。帰国後はもめることになるでしょう・・・。氣が付くと朝の7時。斉藤さんと共にホテルに戻りました。全く寝ていません。これから寝ます。 |
3月7日 通算916km 昼前から旅行会社に行こうと思っていたのですが、外に出たとたんに急に大雨が降り出してきたので止む無く待機。3分程したら止んだので向かいたかったのですが、12時から2時半までは昼休み・・・。斉藤さんがちょうど帰ってきたので、井上さんを誘って久し振りに3人で食事をしました。ウユニ塩湖の話や不在時のサンタクルスの出来事などで話しも盛り上がりました。またウユニの旅は僕以外のみんなは女性だったので、男同士の話を5日間は全くしていなかったのです。女性には女同士の話があるように、男性にも男同士の話があり、楽しいものです。その後、旅行会社に行きメキシコ行きのチケットをどうするのか最善策を相談しました。 ペルーは未だに非常事態宣言が再延長されており、ここはリスクを抑えてメキシコに行こうと考えています。コロンビアの方が近くルート的には好都合なのですが、スペイン語がまだまだ不十分な為、これも危険なコロンビアは後回しになり、メキシコから南下します。現地に来て思いましたが、やはり言葉の問題とビザの問題。この二つは最も大切だと改めて感じました。 昨日も飛行機の問題を指摘しましたが、更に大きな問題があるそうです。井上さんがサンファンで知り合った日本人女子大生が、昨日帰る筈だったのですが、“LLOYD AEREO BOLIVIANO(ボリビア・ロイド航空)”の飛行機が飛ばなかったそうです。その為に乗り継ぎの飛行機のキャンセルをしないといけなく、更にはキャンセル待ちでアメリカ待機になるそうで大変なことになったそうです。僕もブラジルを出る時に往復航空券の方が安かった為、帰りのチケットも持っています。それがボリビア・ボリビア航空なのです。不安は募るばかりですが、心配ばかりしていてもしょうがないので無事に飛ぶことを期待しています。現地時間3月12日(月)AM11:30フライトです。皆さん、祈っていて下さい! 夜は久し振りに合氣道の稽古に行き汗を流しました。稽古後は斉藤さん、井上さん、メグミさんにお礼を伝えたくみなさんに集まってもらい、セントロにあるアイリッシュ・パブで久し振りに飲み交わしました。滞在期間中、三人にはいろいろと助けて頂き、楽しい思い出を作らせてもらいました。こういった旅の出逢いが、今後お互いの人生に良い影響を与えてくれるものと信じています。 |
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3月6日 通算916km 今日は最終日。心残りの無い様にしようと、張り切って街に出ました。今回も歩き回り疲れましたが、十二分に楽しみました。 帰りの飛行機の時間が変わったと何度も連絡があり二転三転。飛行場に着いてからも、時間の変更を知らされ、結局は一番初めの時間の通りになっていました。ボリビアではこういったことは日常で起こっているそうです。ほとんど居ないとは思いますが、ボリビアに行く際には氣を付けて下さい! 空港では警察麻薬犬が奮闘中でした。こんな光景を間近で見られるのも、こんなローカルなところだからでしょうか。 帰りはあっという間にサンタクルズに到着し、いつものホテルに戻り一安心。心落ち着く場所があって良かったです。今日こそゆっくりと睡眠をしたいと思います。 |
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3月5日 通算916km 高山病です!夜中は頭痛が酷くて、30分置きに目が覚めては頭痛を和らげる為に深呼吸。睡眠中は呼吸が浅くなり、酸欠状態になるそうです。高山病はとにかく低地に移動をして酸素をたくさん取り込まなければなりません。夜中の3時頃、遂に限界が来ました。下の街スクレまで行こうと思い、フロントに行きましたが誰も出てきません。玄関は鍵が掛けられていて、自分ではどうすることも出来ません。安い宿に泊まらなければよかった、と。結局、部屋に戻り眠らないように時間が経つのを待ちました。しかし、ウトウトとしてしまい、また眠っていたようで、目を覚ますと頭痛が・・・。7時前、もう一度フロントへ行き、スタッフを呼び起こして漸く外に出られました。何とか説明をしてスクレまでの行き方を聞き出し、タクシーで2時間半掛けて到着。随分と酸素含有量が多くなった氣がしました。これ程までに違うものかと。序の口程度の現象らしいのですが、“高山病の恐ろしさ”身をもって感じさせられました。ポトシでは宿に泊まっただけですが、僕にとっては人生のいい経験になった出来事でした。 昼過ぎまでベッドで休み、3時頃から動き出して街を再び散策。先日、行けなかった博物館などを回り、スクレのセントロを楽しんできました。 明日の帰りの飛行機時間が変更された、と連絡がありました。ここでは国内線でもリコンファームをしないといけないらしく、Kさんに電話をしてもらいました。すると、何故か僕のチケットはキャンセルされていると言われました。どうなっているんだ、ボリビア!?普段から納得のいかないことも多いボリビアですが、さすがに今回は呆れ返ってしまいました。なんとかキャンセルをキャンセルしてもらい、無事に納まりました。 |
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3月4日 通算916km 今朝も早起きです。というよりもあまり寝られませんでした。空氣も薄く、暖房を付ける程に寒く、身体が順応していないのでしょうか・・・。ここウユニは標高3653m。広々としていて空氣も美味しいのですが酸素が少ないのです。 朝の9時に車が迎えに来てくれました。さぁ、出発です!ホテルを出て、走ること30分、遂に塩湖に入りました。辺り一面、塩です。昨夜の雨も残っていて白い砂浜の様にも見えます。つき進むに連れ、色んな景色が目前に現れてきます。以前、井上さんが言っていたように、「空を歩いているような感じ」。正にその通りでした!空の上を自由に歩き回り、何処までも続く白く青い世界を独り占めしています。こんな世界があったんだぁ!という夢の世界を満喫しました。写真も動画も撮りまくり、遂にはデータ容量もいっぱいになってしまいました・・・。写真を撮って残したい氣持ちと、肉眼に焼き付けておきたい氣持ちが交錯していました。塩湖なので免許も要らず(多分)、運転もしましたよ。何もない広大なところなので思う存分、自由に走りました! その後は塩湖の中にある塩のホテル(あまり綺麗では無く1泊¥2500)を見学し、帰りは車の屋根に乗り、オープンドライブです!お陰で日焼けをしてしまいました・・・。明日はヒリヒリを痛くなるでしょう・・・。 塩湖を出て、塩の精製場へ行きました。原材料がタダなこともあってか、 |
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かなり安い値段で購入できるそうですが、今回は塩の山からタダでもらってきました。 最後に電車の墓場へ。ここはチリとの戦争中には物資や人員を運んでいたそうですが、今は需要も無く廃線となっているそうです。 帰り道、ポトシで降ろしてもらい、宿探しです。シャワー・トイレが共同利用でベッドだけの部屋を借りました。1泊¥450と安く、フロントの人も愛想が良く静かな所です。今日はここで疲れを癒したいと思います。 |
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3月3日 通算916km 日本は“雛祭り”ですね。日本に居る姪っ子たちも雛祭りを楽しんでいることでしょう! 早朝に目を覚まし、7時半に待ち合わせ場所へ行きました。今回の旅行に誘ってくれたメグミさんたちと合流し、日産サファリ1台(運転手付き)をチャーターして“ウユニ塩湖”までの1泊2日旅行です。車は走り出し、舗装された道を2時間半行くと、“Potosi(ポトシ)”という街に到着です。ここポトシはボリビアでは最も高地にある都市で標高4200mです!当然空氣も薄く、激しい運動なんて出来ません。ここは行きの飛行機に乗る前に空港で知り合った神父がこの街に住んでいるそうで、帰りには寄って行くつもりでいたのですが、行きに立ち寄るとは思いもよりませんでした。しかし、ここでは昼食の調達だけの時間しかなく買い込んだらすぐに出発です。やっぱり帰りに立ち寄ります。この先は舗装もされていない砂利道です。そこを4〜5時間走る訳です。道中、街も無く小さな集落が数箇所あるのみ。途中で一度だけトイレ休憩をしましたが、トイレを有料で貸してくれる家がありました。僕は男なのでその辺で・・・。まぁ、有料といっても¥30くらいのものですが。そして遂にウユニ塩湖(Salar de Uyuni)に到着です! 塩湖の回りを走っていると塩の山がありました。これは塩を円錐状にしておくことで、雨が降り不純なものだけが下に流れ落ち、綺麗なものだけが山に残る、という自然現象を上手く使っているそうです。 |
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今日は塩湖の周辺にある丘の上に建つ“塩のホテル”に泊まります。1泊¥5500くらいですが、ボリビアにしてはかなり高いのですが、この秘境地に於いてこの値段は安いと思います。今回はかなりリッチな旅になりそうです。ホテルの中を散策して、ホテルの周りも散策、何も無いのですぐに終わってしまいます。今日は明日の為にもゆっくりと休みたいと思います。夕食を済ませ、早めの就寝です。夜に雨が降ってきたので明日が楽しみです! |
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3月2日 通算916km 今日から6日まで4泊5日の小旅行です。サンタクルズから“Sucre(スクレ)”まで飛行機で30分。スクレという街は法律上の首都で、標高2800mのところにあります。(事実上の首都は“La Paz(ラパス)”で標高4000mにあり、世界中の首都では最も高地にあります。)空氣も薄く高山病の危険も予知はしていましたが、問題ありませんでした。街を散策して思ったのですが、サンタクルズとは全く違った雰囲氣です。また、ラパスも違った雰囲氣があるそうで、日本人は「ラパスが東京で、サンタクルズが大阪のようだ!」と例えます。ではスクレはどんな街なのだろうか?法律上の首都とはいえ空港が小さ過ぎないか?人口は何人なんだ?疑問の多いこの街には日本人のボランティアも多く派遣されているようです。さすがに高地にあるだけあり、高台に行けば景色は最高です! ここボリビアには通称“チョリータさん”という原住民俗が居るようで、彼等の作る織物の博物館にも行ってきました。2m×1mを織り上げるのにも数ヶ月掛かるそうで値段も高額です。デザインされているものの中には現存する動物以外にも彼等のイメージする生き物までもが織り込まれています。 今日はここスクレに1泊して、明朝すぐに“ウユニ塩湖”に向かいます。 |
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3月1日 通算916km 夜中から強風と小雨で少し肌寒くなってきました。久々の雨です。これは嬉しくもあります。何故なら、明日から行く小旅行でウユニ塩湖での期待が膨らむからなのです。乾燥していれば、字の如く塩に満ちた湖の“塩湖”ですが、雨季になれば塩の上に数ミリの水が溜まると空が水面に映し出されて、この世のものとは思えないくらいの景色が広がるそうなのです。以前に井上さんが行った時にはちょうど雨季で、そう感じたそうです。また、近くを通る電車に乗れば、走りながらみるその景色はまさにスタジオジブリの映画に出てくるような幻想的な世界に行けるそうです。今日はそんな期待を胸に旅の準備をしています。6日の夜に帰ってくるので、明日から5日程はHPの更新は出来ませんので・・・。では楽しんできますので、写真を楽しみにしていて下さい! |
2月28日 通算916km 昼は井上さんと一緒にランチをしました。ボリビアのランチは“almuerzo(アルムエルソ)”といいます。始めにスープ(今日はピーナッツのスープ)が出てきて、続いて1つのお皿にご飯・肉(今日はチキンカツ)・サラダが盛られています。そしてドリンクが1杯。これで、Bs9(¥135)です。安いですよね。最近は胃袋が小さくなったのか、これくらいの量で満足です。 夜の合氣道では、最近は辞書を持って行っているので、みんなとのコミュニケーションが増えてきました。帰り際は外でお喋りをしてしまうので、帰りが遅くなってしまうのですが、自転車なので大丈夫!近場を走らせるのにもとても便利です。自転車好きで良かったです!! |
2月27日 通算916km 昼は中華、夜はドイツ料理。どちらも美味しく、食事には満足しています。 中華料理は日系人の経営で中国人が調理をしています。味は日本人の口に合い、スープ類・炒め物・炒飯・餃子、と種類も豊富です。 ドイツ料理は経営者と調理人は解りませんが、多分ドイツ人だと思います。何故なら、ここの味はボリビアと思わせないくらい、ほとんどの物がヨーロッパ風だからです。どうしても南米の味は甘すぎたり、塩辛すぎたりします。大味というのでしょうか。多くのことで繊細さを感じたことはありませんね。あまり小さなことにこだわらないという国民性を持っているからでしょう。接客サービスにおいてもそんな感じがします。話をドイツ料理に戻します。ここには黒ビールも置いてありますし、普通のビールも他の店に比べてもかなり安く飲むことが出来ます。これもビール大好き国家のドイツだからでしょうか!?なんといってもソース類が美味しいです。これはヨーロッパ人の味覚でしょうか。しかし、珈琲はボリビア産珈琲だからでしょうか、美味しくはありません。ドイツは確か、世界第2位の珈琲消費国だった氣がします。(また調べておきます。)ボリビアに住むドイツ人がこの珈琲を飲んで満足をするのか疑問です。ちなみに、僕の大好きなティラミス。これも甘すぎでした・・・。 |
2月26日 通算916km 今日は天氣も良く氣持ちがいいのですが、少し風が強いようで窓を開けるといろんなものが飛ばされてしまいます。 今週の土日にウユニ湖という塩湖に行く予定です。今日はその為のエアーチケットの予約に行ってきました。飛行機では30分で着くそうで、バスだと16時間掛かるそうです。が、最近は先日の大雨の影響で2日掛かることもあるそうなので、今回は飛行機での移動に決めました。往復US$100です。それ以外に宿泊費や食費など3泊分でUS$100くらいでしょうか。やはり、世界遺産などの観光地に行くにはそれなりの費用が掛かるようですね。 |
2月25日 通算916km 朝、首の調子は割りと良く、少し痛むくらいです。やはりシップの効果が出ているのでしょうか。 最近はNHKの衛星放送で日本の情報を知ることが出来ます。今年は暖冬の影響で様々な話題が出てきているようですね。こちらは大雨で多くの地が水害に悩まされています。ここ3日程は晴天が続き安定はしてきていますが、侮れません。世界的に異常気象に悩まされているようです。 |
2月24日 通算916km 目覚めた時、首に痛みを感じました。先日痛めた右肩の影響だと思います。昼間はカフェでネットをしようと思ったのですが、上手く接続出来ず、諦めて帰りました。ホテルに戻ってからは痛みが増して首が右に曲がりません。他の方へ動かそうとすると吊るような感じに痛みます。夜になって、井上さんに相談をしたところシップを貼って様子をみたらどうか、ということで試しています。明日の朝に期待します。 |
2月23日 通算916km 昼はピッツァとミルクシェイク。そして僕のお氣に入りのカフェでスペイン語の予習。夕方からはいつものクラスへ。夜は合氣道の稽古へ。これが日課になってきました。 最近はパウロ先生が稽古に来られないようで、僕が教えることになっています。日本に居る時に、道場長・先生方・諸先輩方から“教えることも稽古で、また教えることがとても難しいことだ”と教わりました。言われる通りとても難しいことで、また言葉の壁もあります。人に思いを伝えることの難しさをここでも痛感しました。帰り際、仲間の一人から、次回から辞書を持ってくるように薦められました。今までは、パウロ先生の通訳に頼りきっていました。最近は日本語に頼りきっていると自分でも感じていました。これからは一人での行動に励んでいきます。 |
2月22日 通算916km 遂に珈琲農園の見学の日がやってきました!ここボリビアでも順調に珈琲農園に辿り着くことが出来、また多くの人に助けて頂いたことに感謝しています。 当初の予定では自転車で行くことにしていましたが、井上さんの知人“アルフレッド”の都合で予定が早まったことや、いろいろとあってタクシーで行くことになりました。最近は晴天も続き、サイクリング日和だっただけに残念です。今、住んでいるサンタクルズのセントロからおよそ100km離れた“BuenaVista(ブエナ・ビスタ)”という街まで行きました。まずは腹ごしらえ。ちょっと足を延ばして、“珍しいものが食べられる”という川沿いにあるレストラン街(?)まで行きました。毎年、この時期になると川の水位が上がり、大雨になると全て流されるそうなのです。しかし場所を変えることもなく懲りずにその場所にまた建て直し、営業を開始するそうです。その繰り返し。土着する氣持ちが強いのでしょうか。何となくですが、氣持ちが解るような氣もしました。きっと愛着があるから離れられないのでしょう。ここのスペシャル料理は“JOCHI(大ネズミ)”、“TATU(アルマジロ)”、“TAITETU(イノシシのような豚のような)”。まずは大ネズミ、これはパサパサとしていて味も何もありません。そしてブラジルでも出会ったアルマジロこれは殻付きで出てくるのですが、殻と身の間にあるゼラチン質の様な脂身が美味しかったです。最後に食べたイノシシのようなものは臭みがあり美味しくはありませんでし |
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た。珍味といった感じでしょうか、毎日食べたいとは思いませんね。 昼食後すぐに珈琲農園へ向かいました。農園約100ヘクタールと精製工場のある会社まで案内をしてもらい、今回は工場の中を案内してもらいました。やはりブラジルと比べると設備が不十分です。珈琲栽培の設備ではブラジルが最も進んでいると聞いたことがありましたが、ひとつ比べる対象が見えてきました。南米で経済的に最富裕国のブラジルと最貧国のボリビアの差が明らかに伝わってきました。 帰りは一人で乗り合いタクシーの乗りました。タクシー乗り場から乗ったので、正規の運賃で行けるのですが、車によって車種・年式の違いがあり乗り心地も変わってきます。今回、僕の乗ったタクシーは乗用車タイプの古い車で、タクシーにしては珍しい赤色です。窓ガラスには全面スモークが張ってあり、とてもタクシーには見えませんでした。帰り道、一部有料道路になっている為、料金所で停まります。そこでちょうど警察官が検問をしていたところ、そのタクシーは引っかかってしまいました。どうみても怪しい車ですし、当たり前だと思いましたが・・・。僕も警察官から尋問を受け、旅行者ということでパスポートのコピーを見せました。しかし、入国証明書が無いと言い出しました。ホテルにパスポートの原本と証明書があると伝えると、どこのホテルに泊まっているのか、などと根掘り葉掘り。時間は掛かりましたが結局怪しいものは出てこずに開放されました。 そんなこんなで結構疲れた一日でした。 |
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2月21日 通算916km 今日はスペイン語のテストでした。まぁ、初級なのでそれ程は難しくもないので、問題無くクリアー出来ました。そして新しく、ドイツ人女性が同じ授業を受けることになり、次回からは2人で受けることになります。彼女はサンタクルスで仕事をしているらしく、以前もラパスという街にも居たようで、ある程度の会話は出来るみたいです。僕と同じクラスになって彼女は満足出来るのか、勝手に心配してしまいます。 夜は久々の合氣道の稽古でした。連休明けでしたが生徒は少なく、パウロ先生もお休みでした。少人数でみっちりと稽古が出来たので、個人的には満足しています。また、新しい生徒も来ていましたし。 |
2月20日 通算916km 風邪氣味だったのですが、ゆっくりと休んでいたからか調子は良くなってきました。カーニバルで外に出られなかったことが、タイミング良かったのかもしれません。疲れが溜まっていたようです。先日も寝られなかったことで睡眠不足になっていたんだと思います。一人で居るときは自分のペースで生活が出来るので問題無いんですが、他の人の家にお邪魔するとなると、やっぱり氣を使いますね。「自分の家だと思ってくつろいでね!」と言っては下さったのですが、遠慮してしまうのは日本人だけでしょうか・・・。 一時帰国した際に友達からもらった“剣玉”で遊んでいました。NPO日本剣玉協会という団体も存在しているようで、オフィシャル剣玉なんてものも出されています。認定審査もあり、僕の今のレベルでは5級です。4級の技を日々練習しています。帰国時には1級レベルまで到達しているよう頑張ります! |
2月19日 通算916km 昼はご飯と味噌汁、そして失敗したオムレツです。昼食後、なんだか身体がだるい感じがしたので、ベッドで休みました。多分、先日のサッカーで汗をかいたまま着替えなかったことで、身体を冷やしてしまったのだと思います。旅先で洗濯がたまり着替えが足りなかったことが原因です。昼はずっといて休んで、夜の9時頃に起き隣の部屋を覗くと、メグミさんがカレーを食べていました。僕もタイ・グリーンカレーを頂き、再び就寝。なんだかんだ、連休で良かったです。 |
2月18日 通算916km 一日中ホテルにこもりきりでした。昼は八宝菜とコンソメスープ。夜は釜揚げうどん。 外では子供たちが大きな水鉄砲をもって走り回っています。ただの水ならいいのですが、色付きの水を吹き掛けてくるらしいので外に出られません。 |
2月17日 通算916km 昨日のお酒も少し残ってはいましたが、二日酔いでは無いので元氣です。昼からは息子さんとその友達と一緒にフットサルをしました。斉藤さんは23歳、他のみんなは10代の若者、そんな中でも32歳は頑張りましたよ!汗だくになりながら楽しみました!! 夕方、斉藤さんは残り、他のメンバーはサンタクルズに戻りました。夜はそのままドイツ料理の店へ。ここでも魚介を食べたくて、“鮭のステーキ”という料理を注文し、サラダ、デザートにティラミスなど。ティラミスは失敗です。やはりボリビアも砂糖をふんだんに使っているようで、氣持ち悪いくらい甘いのです・・・。南米人の味覚はどうなっているんでしょうか? そして今はネットの出来るカフェに来ています。その理由は、明日からカーニバルが3日間続きます。この期間は外には出ない方がいいらしいのです。水の掛け合い・スプレー・水風船のぶつけ合い、中にはペンキを塗られたりと大変らしいのです。ですから、明日から3日間はHPの更新もしませんので、あしからず。 |
2月16日 通算916km 朝起きて・・・、昨日の張り切りすぎを後悔しています。筋肉痛です。そして肩も少し痛みます。今日は大雨で何処にも行けそうに無いです・・・。せっかく小旅行氣分で来たのになぁ。昼はラーメンを食べに。このサンファン地区は長崎県出身の方が多いようです。ですから、ラーメンも“ちゃんぽんめん”があるそうなんですが、今は雨季で野菜不足の為にちゃんぽんめんが食べられなかったです。 昼過ぎからは雨も小雨になってきたので、サンファン文化協会にお邪魔しました。日本語資料や小説、新聞(1週間前のものですが)などたくさんの日本関連紙がありました。 夜の稽古は見学です。さすがに昨日の教訓を生かします。 家に帰るとパーティーが開かれていました。日本からボランティアとして日本語教師としてやってきた2人の女性もいました。知らないところで多くの人がボランティアとして働いていることを改めて知りました。彼女たちは一般公募されているところをネット上で見つけて申し込んだそうです。正直、日本人には馴染みの薄いボリビアによく来たものだと感心します。楽しいパーティーもいつの間にか12時を回り、ここのご主人との話も長く続き、氣が付くと夜中の4時でした。今夜も飲みすぎです。酒の強い方と飲んでいると大変です。楽しかったので時間も忘れてしまうのですが、翌日が心配です。 |
2月15日 通算916km 今日は“SanJuan(サン・ファン)”に行きました。この街は井上さんが日系人を対象に柔道指導をしているところです。前々から来てみたかったところだったので、ワクワクしていました。サンタクルズから車で2時間半くらいでしょうか。一度、サンタフェという街でタクシーも乗り換えないといけません。サンタクルズからサンタフェまでは区間専用タクシーが出ていて、サンタフェからは普通のタクシーでサンファンまで行くことになります。 到着後、すぐに“米倉さん”宅に伺いました。そこは井上さんがいつも泊めてもらっているところで、僕と斉藤さんも今回はお世話になることになりました。挨拶を済ませてからすぐに柔道場へ向かいました。今日も興味本位で柔道を教えてもらうことになりました。右肩の痛みも取れてきたようなので頑張ってみました。しかし、またまた張り切りすぎたせいか少し痛み出しました。 夕食も和食を頂き感激です!米倉さん夫妻も快く受け入れて下さり感謝しています。 |
2月14日 通算916km ケイタイを買いました。5千円くらいでしょうか。ブラジルでは中古を買ったのですが、バッテリーがほとんど無く10日も経たない内に使えなくなってしまったので、もう中古を買うのは懲り懲りです。斉藤さんもボリビアで中古を買って失敗したことがあったらしいので、新品を買うよう薦められました。知り合った日本人の方や合氣道のパウロ先生とも連絡を取る為には必要かと思いまして。部屋には電話はひかれていないので、下に住むオーナー宅に掛けてもらったりしていましたが、迷惑を掛けていると思うし、外出時にはやはりケイタイが必要ですね。利便性を追求するときりが無いのですが、一度便利さを知るとなかなか手放せないものです。可能な限り知る全てのものを使いたくなりますね。それが人間なのでしょうか?と、ふと考えたりします。 夜の合氣道は肩をかばいながらの稽古となりました。だいぶ調子も良くなってきているので大したことは無いようです。ボリビアの病院は医療費が高いわりには良い診察は受けられないそうです。これは日本人の意見ですから当然でしょうが・・・。もう少しの間、安静にして様子を見てみます。 |
2月13日 通算916km 今日はスペイン語のクラスへ行きました。土曜日に美容室に行ったのでしょうか、先生の髪型も変わっていました。“先生、髪型も色も変わったね!”と言うと、嬉しそうでした。女性は髪を変えたことに氣付いてあげると喜ぶのは世界共通でしょうか? 授業が始まりましたが先生は眠たそうです。昨日の誕生日会で遊び過ぎたのでしょう。通常は4時半から6時までですが、今日の授業は5時半で終わることにしました。 夜は、斉藤さんが自炊をしたいということで食材と調理機材を買出しに行きました。メグミさんの両親が日本から送ってくれたという“ホワイトカレー”を作ることになりました。料理を覚えたいという斉藤さんにとってカレー作りは丁度良かったです。メグミさんと僕が教えながら、斉藤さんが頑張って作ったホワイトカレー。ホントに美味しく出来上がりました。お米も送ってもらったという日本米です!米も鍋で炊き、少しおこげまで出来て、最高の出来です。カレーならボリビア米でも良かったのですが、ここは贅沢に行こう!と言って、純日本製カレーライスの出来上がりです。“これは美味い!”みんな口を揃えての大絶賛です。やっぱり日本の食事は美味しいですね。海外に行くと必ずそう思います。 |
2月12日 通算916km スペイン語のクラスは先生の誕生日でお休みです。 夜は合氣道の稽古に行きましたが、パウロ先生も仕事の都合で来られないようで休みでした。稽古は無事に終了しましたが・・・。稽古後に先日紹介したローサに柔道の投げをしてもらいました。投げられない様にこらえ続けていると、彼女もいろんな技で投げるよう一生懸命でした。その時です、彼女が僕の足元に潜り込むように入り込んできて“ともえ投げ”を掛けてきました。そこで素直に投げられればよかったものを、こらえてしまい肩から落ちてしまいました・・・。すぐにスポーツとなると真剣になってしまう悪いクセが出たのでしょうか。大したことは無いと思うので様子をみてみます。井上さんもいることだし何かあれば病院で診てもらいます。 |
2月11日 通算916km 今夜はボランティアで来ている“伊藤さん”宅にお邪魔しました。奥さんの手料理をご馳走になりながら、楽しく親睦会が行われました。いつものメンバー以外にも4人も新しく紹介してもらいました。そのうちの一人の女性“Kさん”は僕と同じ歳で、農村開発のボランティアをしているそうなので珈琲農園に関する人とも仕事をしているそうです。後日連絡後、農園を案内して下さることになりました。またこの国でも多くの人の繋がりによって目的地まで辿り着けそうです。出逢い、そして助けて下さったみなさんに感謝しています。 |
2月10日 通算916km 昨夜遅く、僕の隣の部屋に“メグミさん”という女性が一人泊まりにきました。井上さんや斉藤さんとも仲がいいらしく、僕にも紹介してくれました。彼女はアルゼンチンとチリに一人で旅行に行っていたらしく、帰りにサンタクルズに寄ったそうです。彼女はボランティア勤務も長く、多くの知り合いがいるようで、珈琲栽培の関係者も知っているそうで紹介してもらいました。 夕方は斉藤さんが草サッカーをしに行くそうで、一緒について行き観戦をしました。昨夜の雨で、グラウンドは水溜りなども残っている中、みんな泥まみれになりながらサッカーを楽しんでいました。僕も参加するよう勧められたのですが、スパイクも持っていなかったし、斉藤さんの話では「ボリビア人は容赦無く足を蹴ってくる!」そうなので、合氣道に支障をきたすといけないので、今回の勧めは断りました。案の定、みんな凄い勢いでぶつかり合っていました・・・。 |
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夜は4人で近くの魚介類も食べられるレストランに夕食を食べに行きました。その後はメグミさんの知り合い2人と合流し、いつものカフェでお茶をしに。今日は土曜日なので、なんだかんだで夜の2時に。遅くなってしまいましたが、いろんな情報が得られたので良かったです。 ボリビアは日本の4倍近くの国土面積なので自転車で何処を目指すのかを検討中です。 |
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2月9日 通算916km 最近は天氣がいい日は自転車に乗っているのですが、近距離なので通算距離には足していません。昨日の情報では、違う州で珈琲がたくさん摂れるそうなので、そちらに自転車で向かうことになれば足していこうかと考えています。ここサンタクルズの中心地では自転車はほとんど見かけません。一日に1台見るか見ないかです。だから、僕が自転車で移動をしていると目立つし、置いてあれば珍しさもあってかみんながジロジロと見てきます。自転車の移動は早く、とても便利ですね。また一方通行も多いので目的地によっては、車よりも早く到着出来ます。まだ行動範囲は狭いのですが、僕の知る限りでは95%以上が一方通行ですね。だからか、路上駐車もたくさんあり、スピードも出すし、クラクションも頻繁に鳴らすし・・・。交通マナーは悪いようですし、車優先といった感じですね。道路を歩いていると、夜でも無灯でギリギリのところまで来てようやく停まる勢いですから、かなり危険です。昨夜も斉藤さんが轢かれそうになりました。信号が少ないので、広い通りでも車の列が途切れる頃を見計らって渡らなければなりません。こんなことは以前にも中国でしていましたが・・・。道路整備が行き届いていないのが現状です。国政・国勢が反映されています。南米一の最貧国とされているだけはありますね。しかし、治安はそれ程悪くはありません。首都・ラパスでは治安悪化が懸念されているようですが、サンタクルスは安定していると感じます。だからといって氣を抜く事はないですから。カバンには必ず鍵を掛けていますし。銀行や高級品店などの前には昼夜を問わず配置されています。夜には、ほとんどの通りに警備員が立っています。しかし、話によると24時を過ぎると警備員も帰ってしまうらしいのです。まぁ、ですから極力は深夜の外出を控えることが肝心なようです。 |
2月8日 通算916km 今日は天氣も良く、久し振りの洗濯日和です!昨日の道着もすぐに乾いてくれました。昼はスペイン語の勉強ですが、蒸し暑くて集中出来ません。摂り合えずは出来る限りの予習をしてクラスに向かいました。到着すると、前のクラスの人がまだ居て、先生が紹介してくれました。彼女の名前は“ヴィヴィアーネさん”。先生は僕がポルトガル語を少し話す日本人だよ、と紹介をしてくれました。すると彼女は突然日本語で話しかけてきました。見た目は外国人ですが、とても流暢な日本語でビックリしました。それもその筈、彼女は日本に20年以上も暮らしていたそうです。話によると、お父さんが日本人でお母さんがボリビア人だそうです。今はスペイン語を書く勉強をしているそうで、クラスに通っているそうです。そのクラスに行くといろんな国籍の人と逢うことが出来ます。まだ話すことはままならないのですが、お互いに片言でコミュニケーションを取り会話の練習にもなります。これもクラスに通う楽しみの一つです!日本ではなかなか外国人と話すきっかけやタイミングなどが難しいのですが、海外に居ると自然と近づいて話が出来ます。 |
2月7日 通算916km 今日は勉強漬けでした。朝から夕方までスペイン語の予習・復習であっという間に半日が過ぎた感じです。夕方からスペイン語のクラスに行き、勉強の成果を見てもらいました。夜は楽しみにしていた合氣道の稽古です。今日は何故かパウロ先生はお休みのようで、終始僕が教えることになりました。ボリビア人は基本的なことはさておき、どうやったら相手を懲らしめることが出来るのかを聞いてきます。この人に教えてしまったら、他の人に試して怪我でもさせたら大変です。そういう人には教えません。彼等に武道の“心・技・体”を教えることはとても難しいようです。かなり時間が掛かりそうですが、僕の居る間は、僕が日本で教えて頂いた通りのことを伝えて行くだけです。 稽古後に井上さんの家で3人一緒に鍋をたべました。白菜・ネギ・ニラ・もやし・鶏肉、そして豆腐も入れました。豆腐は僕の泊まっているホテルの近くにある“”スーパー・沖縄で買うことが出来ます。また、乾麺のうどんも入れ、贅沢な野菜いっぱいの鍋にみんな大満足でした!楽しい時間は過ぎるのが早いもので氣が付くとすでに、3時です。急いで帰り就寝です。 |
2月6日 通算916km 今日は斉藤さんと一緒に10時半からレッスンに行き、昼はステーキを食べました。今日もまたカメラを忘れてしまい・・・。欧米人の食事料やスタイルを伝えたかったのですが残念です。また次回に写真を撮っておきます。昼食後はまた新たに違うカフェに案内してもらい、今日行った所は、落ち着いた雰囲氣で大人の空間といった感じです。店員さんの愛想も良く、BGMにはジャズが合いそうなところが僕はかなり氣に入ったので、これから少しの間は通ってみようと思います。ここも写真に収めたかったですね。 その後はビリヤードをしました。ここもブラジルとは違って、ボリビア式のゲームのようです。玉の大きさは日本と同じですが、台のポケットの入り口が小さく、入れるのも至難の技です!3ゲーム遊び、ホテルに戻り勉強タイムです。今日も発音について何度も注意を受けました。正直、悔しいですね。今日の内に練習をして、明日はリベンジです。 |
2月5日 通算916km 洗濯物が乾きません。部屋干しをしているので時間が掛かります。乾燥機は便利ですね。日本のテクノロジーは最高だ!と外国人はよく言いますが、本当にその通りだと思います。 今日は午前中からずっと一人で動いていました。まずはいつものカフェに行き、モーニングセットを頼み、朝昼兼用の食事を摂りながらHPの更新とメールチェックです。午後からは勉強をし、4時頃にホテルに戻り、すぐに語学教室へ向かいました。今日は初めてでしたが、たくさんの生徒がいました。ブラジル人女性、オーストラリア人の男性と女性、そして僕です。当初の予定ではブラジル人女性一人だったはずですが、何故でしょうか・・・?まぁ、そこら辺の曖昧さというか適当さはボリビアらしいようです。また、毎日夕方の予定で申し込んだのですが、月・水・金は夕方、火・木は午前、と変更があったり、という感じです。ここでも日本人が苦手とされる“R”の発音が悪いと指摘されました。生徒みんなまで「違うよ!こうだ。」といって手本を見せてきます。そんなことを言ったって普段から巻き舌を使わない日本人が急に上手くなれる筈もないんですよね。彼等が“正座”を上手に出来ないのと同じことなのになぁ、と一人で思ったりしていました。 そのまま帰り道で夕食を食べて行き、ホテルに戻り荷物の交換。今日も楽しい合氣道の稽古に行ってきました。パウロさんが道着を貸してくれ、今日からは氣持ちもさらに乗ってきました。そして楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。稽古後まで井上さんが待っていてくれ、夕食に誘われたので、2度目の夕食に行きました。僕は軽く摂り、武道に関する話などで盛り上がり、帰り道も道端で1時間以上も話しこみました。 |
2月4日 通算916km 今朝も洗濯です。毎日蒸し暑く、着替えとシャワーの連続です。 昼はペルー料理を食べに行きました。ペルーといえば“アンデス芋”が有名ですよね。という事で、井上さんは“魚のスープ”と“蒸かし芋”、僕と斉藤さんは“魚介のパエリア”どれも美味しく、ペルーへ行きたい氣持ちが強くなりました。情勢が安定してくれることを楽しみに待ち続けます。とても繁盛しているようで料理が出来上がるまで、かなりの時間を待たされました。が、その分待った甲斐があり美味しく食べられました。 夜は井上さんの家でカレー作り。そして“おつまみ”なども作り小さな親睦会です。井上さんの家は道場から歩いて3分程のところにあり、家賃は1ヶ月¥23000くらいです。セントロの中心にあり、夜は静かで治安も良いので安心して住めるそうです。そもそも、道場の近くに住みたいという理由からだそうで、日々の生活はとても便利だそうです。僕も早くスペイン語をある程度話せるようになって交渉したいものです。明日からスペイン語のレッスンなので楽しんで頑張ります! |
2月3日 通算916km 今朝は7時前に目覚め、夜の内に洗濯機にかけておいた洗濯物を干しました。今日はホテルの奥さんに朝食を頼んでおいたので、7時半に届けてもらい食べました。今朝のメニューはご飯と味噌汁(大根と厚揚げの白味噌)、きゅうりの漬物、トンカツと玉子焼きでした。お米が普段の外食とは違うのがよいところです。食後はまた洗濯です。シーツや枕カバーやタオルなど・・・。ここは、ホテルというよりも部屋を貸す。といった感じであとは自分で自由に、といった感じです。他のホテルよりも高いという人もいるようですが、僕は大満足です。到着して間もないので、困ったことがあっても助けてもらえそうですし、日本人しか泊めないので安心です。何よりも、オーナー夫婦がいい人です |
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から!また、ボリビアにもう少し滞在するので、宿代も1ヶ月だとUS$150です。当初は1週間でUS$70でしたので、かなり安くなっています。 午前中は斉藤さんがセントロを案内してくれました。ブラブラとスポーツ用品店などを見て回り、昼食を何処で摂るのか悩み続け歩き回りました。すると、何ともカッコいいレストランを見つけ、「高そうだけど入ってみる?」と言いながら入店。修道着を身に纏った男性が「こんにちは!」と、店内に案内されると驚きました。ボリビアでは勿論のこと、ブラジルでも入ったことのない高級感漂うインテリア。そして、壁には天使などのフレスコ画、テーブルにはお皿の上にナプキンがセットされ、グラスが2つずつ用意されていました。席に着くよう言われ、2人で困惑しながら「メニュー見てからにする?」などと言いながら着席。メニューを見せてもらうと、以外なことに安いのです。お肉料理が¥700くらいで、魚料理が¥900〜1000ほどでした。ここボリビアは地図を見てもらえば分かると思いますが、国境の全てが隣国と接していて海がありません。有名なチチカカ湖やイグアスの滝などはありますが・・・。ですから魚料理を食べる機会が少ないのです。僕はここぞとばかりに鮭のムニエルを注文しました。これは美味!!日本で食べるものと変わり無く最高でした!強いて言うなれば、骨は抜いておいて欲しかった、くらいですかね。多分、一般的なボリビア人には“超”高級店なのでしょうが・・・。贅沢をさせてもらいました。 昼からはホテルでスペイン語の勉強です。窓を開けると、とてもいい風が入ってきました。ベッドに横になりながら本を読んでいるといつの間にか・・・。心地よさに負けました、2時間ほど夢の世界へ。 夜は日用品や雑貨をスーパーへ買出しに行き、そのまま夕食へ。今夜は初めてバーにいきました。アイリッシュ・バーです。土曜の夜ということもあってか、かなり賑わっていました。1杯が¥350くらいでしょうか。ほろ酔い氣分で就寝。 |
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2月2日 通算916km もう一度、旅行会社へ。航空券の件を確認しました。どうやらキャンセルは出来るそうですが、手続きはサンパウロでしか出来ないそうです。摂り合えず、キャンセルだけしてもらいました。もし、サンパウロに寄る事があればその時にすればいいことですし。でも、返金は手続きの2ヶ月後くらいになるそうです。航空券に関することは難しいです。利用者の立場は弱いものですね。 その後、最近は毎日通っているカフェに行き、メールチェックやHPの更新、その他の情報入手なんかをしていました。昼はサラダとハムがタコスのようなものに巻かれたものを食べました。写真はカメラを持って行っていなかったので撮っていません。まだ街の治安については解っていないので持ち歩くことはしていません。そのまま銀行へ行き、T/C(トラベラーズチェック)を換金してもらいました。ホテル代を前払いする為に。急いでホテルへ戻り精算。あまり多くの現金は持ちたくないですね。トラブルの元ですから・・・。それからはスペイン語の予習です。ポルトガル語の発音が頭から離れない為、スペイン語読みが出来ません。困ったものです。 夜は待ちに待った合氣道の稽古です。パウロ先生は日本で8年くらい稽古をしていたそうですが、ブランクもあり、なかなか思い通りの稽古が出来ないそうです。今日も僕にいろいろな質問をしてきました。彼はとても熱心で、一般的なボリビア人とは違います。外国人はよく、“投げたがる”、“力に頼りたがる”と言われています。ボリビア人も同じです。すぐに結果を出したがるようです。今日はアメリカ人が来ていました。彼はボリビアで仕事をしているようで、この街に住んでいます。アメリカでも氣に関する道場で稽古をしていたそうで、彼もとても熱心に稽古をしています。熱心な人ほど、質問をしてきます。僕も出来ないことは多いのですが、日本で先生から教わったことをそのまま伝えています。理屈は分かっていても、行動で示すことが出来ないと多くの外国人は納得しません。これが難しいところです。出来る限りのことはやっていこうと思います。 夜は11時ころ斉藤さんとピザを食べに行き、大満足でした。ブラジルでは、何処に行ってもパン生地でお腹が膨れるだけでカロリーが氣になっていましたが、今夜のピッツェリアは薄い生地のイタリア風でした。また行きたくなってしまいます。 |
2月1日 通算916km 午前中に、まずは近くの旅行会社へ。ボリビア・ペルー間の航空券の払い戻しが出来るかどうかの確認に行きました。しかし、航空券は購入した所でしか払い戻しが出来ないらしいのです。僕はサンパウロの空港内にあるボリビア航空のカウンターで購入したので、此処ボリビアの本社での払い戻しが出来ないのか確認をしてもらうことになりました。結果待ちです。その後は、斉藤さんが通うスペイン語教室へ行き、先生に来週の月曜日から参加したいことを伝えました。僕のクラスにはブラジル人が一人いるそうです。ということは、またポルトガル語を話してしまい、スペイン語が覚えられなくなるのでは・・・、などと考えてしまいます。 昼食はいつも通り3人で“ケンちゃん・らーめん”に行きました。ここは僕が到着日に行った日本食レストランです。今日はウルグアイから旅行に来ていたJICAの方と逢いました。そして夜もそこへ行き、空港で逢った中島さんとも逢いました。ここに来れば日本人は勿論のこと、日系人や日本食に興味のあるボリビア人も逢えます。ここのオーナーは日本人で、南米をバイクで旅行していたそうです。 話は昼に戻りますが、いつも通り“アレキサンダー”というカフェに行き、HPの更新です。ここでは無線が使え、しかも美味しい珈琲を飲みながら落ち着いて出来ます。エスプレッソが1杯¥90。これで何時間居てもいいのですからお徳です。アレキサンダーは“モンス・リベロ”という名の通りに面していて、銀行や高級店が軒を連ねています。ですから、ボリビアのセレブが集まってきます。プロのサッカー選手やモデルなども見かけるそうで、今後を期待しています。今日はボリビアに来て、初めて天氣が良く晴れてくれました。ですから、自転車も初乗りです!ホテルからカフェまでは歩いて10分、自転車では5分も掛かりません。カフェの前に自転車を停めると、何人かの人が珍しそうに見ていました。ハンドルやブレーキを握り、タイヤを触り、サドルを軽く叩いたりと・・・。見ていてこっちが心配になってきました。だんだんと外がくらくなり、またしても雨雲が空を覆い始めてきたので退散です。急いでホテルに戻りましたが、今日は一度も雨は降りませんでした。 |
1月31日 通算916km もう少しボリビアにいることにします。外務省海外安全情報によると、ペルーでは非常事態宣言の再延長が出されています。僕の行こうとしている“フニン州のチャンチャマヨ郡”も“渡航の延期をお薦めします”と出ています。もう16年も前のことですが、JICAの専門家がテロリストに殺害されている為、今はJICAもペルーには派遣しないそうです。(噂では、一人の専門家が行っているそうですが、噂ですので・・・。)ですから、もう少し様子を見ようかと思います。また、何年か前に自転車の旅をしていた日本人が、ペルーの山岳地帯で就寝中、拳銃強盗に遭い全て盗まれたそうです。ペルーまでの航空券は買ってあるのですが、ここは身の安全を優先して払い戻そうかと・・・。また、ボリビアに居たいという氣持ちもあります。斉藤さんはスペイン語を習いに行っているそうで、今日は僕も見学をさせてもらいました。1時間¥300くらいですから、他の国で習うよりも安いと思います。後、日本ではほとんど知られていない“ボリビア産珈琲”も探しに行ってみたいという考えも持ち始めました。昨日、今日とお洒落なカフェに行って、始めてボリビア産珈琲を飲んでみましたが、美味しいかったです! また、この“Santa Cruz(サンタ・クルズ)”という街も住みやすそうです。ボリビアの首都は“Lapaz(ラパス)”で、サンタクルズは第二の都市です。ここに来ようと思ったのも、ブラジルへ初めて到着した空港で話し掛けてくれたボリビア在住の日系人の方が、サンタクルズのことをいろいろと教えてくれたからです。あの時の出逢いが今ここに繋がっています。 今夜は合氣道の道場に行ってみました。井上さんの稽古している同じ場所で、柔道の稽古後の9時から合氣道が始まります。先生は“Luis Paulo(ルイス・パウロ)”さんです。彼は北海道大学院を出ていて日本には8年間住んでいたそうです。だから日本語もとても上手です。日本で知り合ったブラジル人女性と結婚をしたそうで、奥さんの祖母は日本人だそうです。パウロさんは2人の娘と1人の息子がいて、長女はポルトガル語も話します。僕がポルトガル語で話すと嬉しいようです。僕も嬉しいのですが・・・、早くスペイン語も覚えないといけません。今夜の稽古ではパウロさんが基本的な体操などを忘れてしまったそうで、名古屋道場での稽古の仕方のまま教えました。ほとんどのボリビア人は基礎の反復練習が好きではないみたいで、すぐに飽きてしまいます。昨日の日記で紹介した、柔道を習っている“ローサ”は合氣道も習っています。彼女は基礎練習も一生懸命です。やはり他の人とは稽古に対する姿勢が違うみたいです。井上さんが教えてきた結果でしょう。稽古日は月・水・金の3日。また金曜日も来るように頼まれ、僕も喜んで行くつもりです。何よりも稽古が出来ることが嬉しいです! |
1月30日 通算916km 7時の目覚ましで起き、7時半に朝食が届きました。ここでこんな日本食が食べられるとは思ってもいませんでした。US$3。金銭感覚や価値観は人それぞれですが、僕は安いと思います。ボリビアは南米では一番物価が安いと聞いたことがあります。 午前中、買い物に出掛けました。このホテルあるの地区は日系コロニーでは無いのですが、近くにスーパー沖縄や日本人名の看板がちらほらとあります。摂り合えずスーパー沖縄へ行きましたが、いくつかの日本食も目にしましたが品揃えは少ないようです。他の店に行き洗剤を買い、ホテルに戻り洗濯です。 |
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パトロシーニョからの長旅で洗濯が出来なかった分、当初は“3日分の洗濯をしなければいけない”と落胆していたのですが、ここでは洗濯機を使わせてもらえるので助かります。 昼食時、斉藤さんがもう一人の日本人を紹介してくれました。“井上さん”といい、ここでボランティアとしてボリビア人と日系人に柔道を教えているそうです。彼はもともとJICAの派遣で柔道指導をしに来ていたそうですが、半年程前に期間満了となったのそうです。しかし、その先に控えていたボリビア代表選手権などの大会で結果を出させる為にも、再び戻って来て自費でボランティアとして活動しているそうです。結果、彼が指導していた選手が見事に代表権を獲得したそうです。今後もこの活動を続けていくそうで、応援していきたいです! 夜は井上さんの道場にお邪魔をおして、稽古を見させてもらいました。代表権を獲得した選手もいました。彼女は若干15歳です。さすがですね、勝負士の眼をしていました。稽古後はあどけない少女です。彼女のことも応援していきます。 |
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1月29日 通算916km 昨日のことですが、飛行機にのる為チェックインをしにボリビア航空のカウンターへ。予約確認書には17:45となっていましたが15:45といわれました。聞いてないし・・・。急いで出国手続きをし、搭乗口まで。しかし、ボリビア航空の担当者は居なく、スルー航空という会社との共同運航のようでそちらの担当者にチケットを急遽作ってもらいました。なんだかんだで搭乗したのは17時。チケットには搭乗時間は15:00になっています。いい加減なのか、何かの手違いなのか・・・。まぁ、無事に飛行機も出発して良かったです。 |
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少し話しは戻りますが、出国手続きから一緒で、同じボリビア航空のチケットを持ったブラジル人といろいろと話をしていました。彼はボリビアを経由してペルーに行くそうで、仕事で中米以南は全ての国に行ったことがあるそうです。僕のことも話したりしていたら、ようやくスルー航空のチケットを持った人達が搭乗していきました。その時、サッカーチームの人達がぞろぞろと。「彼等は?」と聞くと、なんとサントスの選手だったのです。かつて、三浦和義(キング・カズ)の所属していたチーム(多分ですが・・・)。またダヌービアのお父さんが愛するチームなのです。彼が知ったら何と言うだろうか。ジルベルトという超有名な選手なんかも普通に搭乗していき日本やヨーロッパなどで見る凄い状況などではなく、至って普通でした。何人かの人が写真を撮ったりはしていましたが。飛行機のなかでもバラバラになって座っていて、名前は知りませんが、僕の一つ置いて隣も選手でした。ボリビアに着き、入国審査官も選手に氣を摂られていて、僕のパスポートも申告書も適当に見てすぐにスタンプ。個人的には良かったのですが。 ボリビアでは家電製品の総計金額がUS$1000以上は課税対象になるそうで僕はUS$920(ホントか?)と申告しました。結局、審査官は氣にもしていませんでした。 荷物受取り場所で待っていると、日本人に話し掛けられました。「ご旅行ですか?」と。僕が不安そうに見えたのでしょうか、心配をして声を掛けて下さったようです。“中島さん”といってボリビアに移住して10年以上にもなるそうです。荷物もなかなか流れてこなく、その間は中島さんといろいろと話をしていました。やはり珈琲もボリビアでは生産されており、中島さんも好んで飲んでいるそうです。珈琲も生鮮品ですから地場で摂れた新しいものは美味しいでしょう。他にもホテル・レストラン、そして旅のヒントにもなるだろうという人も紹介して下さいました。何か困ったことがあれば、ということでケイタイの連絡先まで教えて下さり、握手をして別れました。税関では自転車をチェックされました。その後、無事ボリビア入国です。空港のインフォメーションでタクシーについて聞いていると、「大丈夫ですか?」と。“松村さん”といって、中島さんと同行していたそうで、また声を掛けてくれました。松村さんも7年前から移住しているそうで、元氣な息子さんも連れていました。息子さんが僕に話し掛けてくれたのですが、スペイン語が分からないので・・・。松村さんは僕と同じ歳でした。移住して家族を持ち、羨ましいです。また連絡先を教えて下さり、出だしから感謝の連続です! 両替は摂り合えずUS$200。1580ボリビアーノス。タクシーに乗り、教えてもらった日本人の経営するホテルまで向かいました。しかしなかなか見つからず、早速村松さんに電話をしてしまいました。しかし、中島さんから教わった日本食レストランへ行けば近くだから教えてもらえる、ということで向かいました。そこには“ヒロキさん”という方が焼き鳥を一生懸命に焼いていました。忙しいところなのに詳しい地図まで書いてくれました。ようやくホテルに到着。“イゲイ・ホテル”といい、日本人しか泊めていないらしく、キレイなホテルです。1泊、US$10。この広さと設備でこの値段は安いです。ご主人と奥さんに挨拶をし、すぐにヒロキさんのレストランへお礼がてら食事に向かいました。到着すると、若い人がカウンターに座っていました。“斉藤さん”といってサッカーのことでボリビアに来ているそうです。斉藤さんは松村さんの紹介でボリビアにきているそうです。ヒロキさんも中島さんのツテがあったそうで、みなさん繋がりがあるようです。焼き鳥とビールで乾杯!いろんな情報を教えてもらいました。ここでも有名なカフェがあり、毎日繁盛しているそうです。今度行ってみたいと思います。 ボリビアに来てもまた多くの方々に助けて頂き、更に頑張る意欲が沸いてきました。助けて下さった方もHPを見て下さっているようですから、その期待にも応えたいです! |
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